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ぎりしあ奇譚 第五章草稿

めちゃくちゃ放置中の「ぎりしあ」ですが、一応続きを書く気が無いわけではないんですよ、という……。
覆面作家企画6の文面サンプルも兼ねまして。


「だから妾は言ったのです! 太陽と月を任せるなど、あれらには過分な仕儀だと」
 石造りの円卓を掌で激しく叩き、声を荒げたのはヘラである。天神ゼウスの正妻にして結婚を司る美しくも気性の激しいこの女神が、夫が愛人レトとのあいだにもうけた双子をひどく嫌悪していることは、以前から誰もが承知していることだ。
「そうは言うがな、ヘラよ。あのふたり以外に相応しいものが居なかったのも事実だろう」
 豊かな髭をしごきながら、実兄である海神ポセイドンが宥める言葉を口にした。
「どちらにせよ、今さら言うことでもあるまい」
「ええ、過去を振り返るときではないわね。いま、あの子たちをどうすべきか、という話をしましょう」
 おっとりと地母神デメテルが言葉を添える。
 天にそびえるオリンポス山、雲を突き抜けたその山頂の宮殿に集まっているのは、世に言うところのオリンポス十二神の面々である。給仕の半神が円卓に並べたネクタルは十。二席の欠けは、他ならぬ十二神のうちの二柱が、現在俎上にあがっているからだ。
 太陽神にして予言の神アポロン。月の女神にして純潔の狩猟神アルテミス。ふたりは兄妹の情をこえて恋に落ちた。
 近親婚のタブーは神々にはない。現にヘラはゼウスの同腹の姉であり、同じく同腹のポセイドンとデメテルも子を生している。問題は太陽と月の恋が、古き予言で戒められている禁忌であったことだ。
 オリンポスの神々がこの世界に君臨するよりもっと昔、世界そのものをつくった女神の遺した予言である。
 アポロンが妹をさらい、思いを遂げようとしたそのとき、かれらの制御下にあるべき太陽の馬車と月の船が暴走した。二つの火の玉が融合し、そのエネルギーがまき散らされれば、世界は無事では済まなかったろう。それを止めたのはアテナ、アレスの両戦神であり、かれらに叱咤され理性を取り戻した当人たちだ。
「あの子たちはいま、どこに?」
 デメテルの問いに答えたのはそのアテナである。黒髪をきりりと結い上げた男装の智神はゼウスの右腕として、クロノスの娘息子である年かさの神々より一段下がる地位にありながらも、こうした裁きを取り仕切る立場にあった。
「離宮の、それぞれ別の部屋に」
「生ぬるい。牢にでも入れればいいものを」
 忌々しげに吐き捨てたヘラにアテナは淡々と付け加えた。
「ヘパイストスのしつらえた扉のある部屋です。牢よりもよほど強固かと」
 言い終え、確認を求めるように当のヘパイストスに視線を向ける。工芸を司るヘパイストスが手ずから作ったならば、それは神々をも拘束しうる強固なものだ。自身の息子でもある無口な男神の頷きを受け、ヘラは渋々引き下がった。
「……ああ、そう。ならばいいでしょう」
 代わりに口を開いたのはもうひとりのヘラの息子、戦神アレスだ。
「なあ、ヘパイストス。あんたのあの鎖で、あいつら捕まえとけばいいんじゃねえの?」
「ヘパイストスの鎖とは、以前におまえが捕らえられたあれか?」
「そう、そう」
 ポセイドンの問いに、アレスはあっけからんと笑う。
 ヘパイストスが正妻のアフロディテと間男のアレスをこらしめようと、寝室で睦みあう二人を鎖で捕らえて晒し者にしたのは、数百年前の話だ。その当時は辱めを受けたと烈火のごとく怒ったアレスだが、元来根に持たない性質である彼には、いまでは笑い話のひとつらしい。むしろヘパイストスの方がわだまかりが解けないようで、眉間に深い皺を刻んでむっつりと戦神を睨みつけた。
「……不可能ではないが」
「あの子たちを拘束し続けるということ? それは人間界に影響が大過ぎはしないかしら。特にアポロンの人気は相当なものですもの」
 頬に手を当ててデメテルがため息をつき、周囲の神々がその様子にやや複雑な目を向けた。溺愛する娘がハデスの妻として冥界に赴く冬の数ヶ月、デメテルはひどく塞ぎ込んで大地を潤す自身のつとめを放棄する。まさに人間界に多大な影響を及ぼしているその当人の言葉は、ある意味とても説得力があると言えなくもない。
「とりあえずさ~、本人たちの話もちょっとは聞いてやったら~?」
 緊張感のまるでない、場違いな声音で、半ば独り言のように呟いたのはディオニュソスだ。会議に呼ばれても我関せずと持ち込んだ葡萄酒を干すばかりの酒神に視線が集まる。光り輝くと賞される華やかなアポロンの美貌と対照的に、線が細くどこか退廃的な美しさを持つ年若の神は、青白い唇に皮肉げな笑みを浮かべた。
「十二神ってそういう権利があるんじゃないの。僕はどーでもいいけど」
 投げかけられた言葉に、列席者が口々に反応する。賛否両論にざわめいた場を制したのはゼウスだった。
「ディオニュソスの言うことにも一理あろう。まずはアポロンを呼ぶ。ヘルメス」
「はい!」
 伝令を司る青年神が身軽に立ち上がる。ヘルメスにとってアポロンは可愛がってくれる兄だ。ここまで口を挟まず会議の動向を見守ってはいたが、嬉しそうな表情が隠しきれていない。「逃がすなよ?」アレスの野次は、彼が盗賊の守護神でもある故だ。ニヤリと笑って「しませんよ!」と応じると、空を駆けるサンダルを履いた足で、まさに風のように飛び出していった。
 神々がネクタルで――もちろん、ディオニュソスは相も変わらず葡萄酒だ――口を潤した頃に、離宮まで往復したとは思えぬ早さでヘルメスが再び姿を現した。傍らにはアポロンを伴っている。
 議場がざわめいた。「なんとまあ……」小さく声を漏らしたのはポセイドンだったが、誰もが似たり寄ったりの感想を抱いたのは間違いがないだろう。
「な~んか、フンイキ変わったねぇ?」
 ふらりと立ち上がったディオニュソスが歩み寄り、手にした葡萄酒の杯をアポロンに押しつけた。「僕は嫌いじゃないけどさぁ」片眉を上げて受け取ったアポロンは、くいと一口で中身を空ける。小首を傾げてその様子を眺めた酒神は、なにやら楽しげな笑みを片頬に浮かべると、空になった酒杯を受け取り、またふらふらと自席に戻って行った。
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