覆面4のときに書こうとして挫折したやつです。
『かのん(仮)』
元気で、と、彼は微笑んだ。
魔法陣を中心に渦巻く風が一層強まり、花音の肩までの髪と、彼――アルフォンソの長くのばした金の髪を巻き上げる。
「――うん。元気で、ね」
髪を押さえながら、花音はこわばる唇でどうにか笑みを作った。
またね、とは言えなかった。だってこれは、また、のない別れなのだ。彼と花音とは、比喩でなく「住む世界が違う」のだから。
古城の地下に残された魔法陣と、王家に伝わる魔法書に書かれた呪文とで、かれらは花音を花音の住む世界から連れてきた。そうして花音は無事かれらの望みを果たした。
苦しい日々だった。命の危険だって山ほどあった。けれど今、旅を共にした彼との別れを前にして、浮かんでくるのは楽しい記憶ばかりだ。
「カノン」
アルフォンソが右手を差し出した。握手だろうか、と応じた花音の手をすくうように取って、彼は恭しく、その手の甲に唇を寄せた。
そのまま顔をあげて、
「カノン。――あなたを、」
真摯な光の、水色の瞳にひたと見つめられて、花音は身じろいだ。やめて。そんな目で見ないで。
だって、もう、お別れなのに。
バチバチバチッ、とすさまじい火花が魔法陣の中心ではじけた。
「殿下、もう時間が」
護衛騎士のクリフォードがためらいがちに引いた左腕を、アルフォンソは彼らしくもない乱暴な動作で振り払った。同時に、まだ取ったままだった花音の右手をぐいと引く。力の限りに抱きしめられて花音は悲鳴を呑み込んだ。
「あなたを、愛している」
耳元で囁かれたのは彼から貰う初めての言葉。
悲しい、嬉しい、腹立たしい、いくつもの感情が花音の中で、魔法陣を囲む風に負けないほどの強さで渦巻いた。ごうごうと音さえ立てそうな感情の嵐のせいで声さえ出ない。ひどい、と思った。あたしだって好きなのに! もう会えないのに!
すべての想いを込めて、花音は彼の胸を突き飛ばした。魔法陣の外側に。彼の、彼が住むべき世界のほうに。――そうしたつもりだった。なのにアルフォンソは少しだけ顔をしかめるだけで、よろめきもせずに花音の攻撃を受け止めた。そう、旅の間ずっと、花音を背中で守りながら、彼がそうしてきたように。そんなことまで一瞬で思い出して、どうしていいかわからくなって花音はぼろぼろと涙をこぼした。ああ、泣かないって決めていたのに! アルフォンソのばか!
「……ばか!」
どうにか言えたのはそれだけだった。
アルフォンソは困ったように笑って、花音の頬を指で拭うと、
「殿下っ!」
「アルフォンソ殿下、早くお戻りください……!」
外野の声をそれはもう見事に無視して、花音に優しい口づけを贈る。
「ひどい男で、すまない。だが本当に、あなたを愛している。ともにいられなくても、この心は永遠にあなたのものだ……」
花音の大好きな声でそう言って、アルフォンソが花音の身体を離そうとしたその瞬間、
――ゴオオオッ!!
すさまじい風と火花が魔法陣の内側に、それを最後に花音は意識を失った。
元気で、と、彼は微笑んだ。
魔法陣を中心に渦巻く風が一層強まり、花音の肩までの髪と、彼――アルフォンソの長くのばした金の髪を巻き上げる。
「――うん。元気で、ね」
髪を押さえながら、花音はこわばる唇でどうにか笑みを作った。
またね、とは言えなかった。だってこれは、また、のない別れなのだ。彼と花音とは、比喩でなく「住む世界が違う」のだから。
古城の地下に残された魔法陣と、王家に伝わる魔法書に書かれた呪文とで、かれらは花音を花音の住む世界から連れてきた。そうして花音は無事かれらの望みを果たした。
苦しい日々だった。命の危険だって山ほどあった。けれど今、旅を共にした彼との別れを前にして、浮かんでくるのは楽しい記憶ばかりだ。
「カノン」
アルフォンソが右手を差し出した。握手だろうか、と応じた花音の手をすくうように取って、彼は恭しく、その手の甲に唇を寄せた。
そのまま顔をあげて、
「カノン。――あなたを、」
真摯な光の、水色の瞳にひたと見つめられて、花音は身じろいだ。やめて。そんな目で見ないで。
だって、もう、お別れなのに。
バチバチバチッ、とすさまじい火花が魔法陣の中心ではじけた。
「殿下、もう時間が」
護衛騎士のクリフォードがためらいがちに引いた左腕を、アルフォンソは彼らしくもない乱暴な動作で振り払った。同時に、まだ取ったままだった花音の右手をぐいと引く。力の限りに抱きしめられて花音は悲鳴を呑み込んだ。
「あなたを、愛している」
耳元で囁かれたのは彼から貰う初めての言葉。
悲しい、嬉しい、腹立たしい、いくつもの感情が花音の中で、魔法陣を囲む風に負けないほどの強さで渦巻いた。ごうごうと音さえ立てそうな感情の嵐のせいで声さえ出ない。ひどい、と思った。あたしだって好きなのに! もう会えないのに!
すべての想いを込めて、花音は彼の胸を突き飛ばした。魔法陣の外側に。彼の、彼が住むべき世界のほうに。――そうしたつもりだった。なのにアルフォンソは少しだけ顔をしかめるだけで、よろめきもせずに花音の攻撃を受け止めた。そう、旅の間ずっと、花音を背中で守りながら、彼がそうしてきたように。そんなことまで一瞬で思い出して、どうしていいかわからくなって花音はぼろぼろと涙をこぼした。ああ、泣かないって決めていたのに! アルフォンソのばか!
「……ばか!」
どうにか言えたのはそれだけだった。
アルフォンソは困ったように笑って、花音の頬を指で拭うと、
「殿下っ!」
「アルフォンソ殿下、早くお戻りください……!」
外野の声をそれはもう見事に無視して、花音に優しい口づけを贈る。
「ひどい男で、すまない。だが本当に、あなたを愛している。ともにいられなくても、この心は永遠にあなたのものだ……」
花音の大好きな声でそう言って、アルフォンソが花音の身体を離そうとしたその瞬間、
――ゴオオオッ!!
すさまじい風と火花が魔法陣の内側に、それを最後に花音は意識を失った。
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